忘れてばかりの自分を忘れたい私

最近、頭が本当に老化してきて、自分でもうんざりしてしまいます。
実際に合ったことなのですが、買ったものを忘れてもう一度買ってしまったことです。
幸い片栗粉だったので、賞味期限も長く、損した気持ちはなかったのですが、買っていたことを忘れた自分にショックを受けました。

その話をすると叔母がもっとすごいことを言ったのです。
「こないだ、眼鏡を探していたんだけど、ふとした瞬間何を探しているのか分からなくなったんだよ。」
私は絶句でした。
まだ60代の叔母がそんなことを言っているのです。

忘れていたことを忘れてしまう…そんな日常だったらすごく大変だろうなと想像してしまった私。
そんなことがあった数日後、今度は息子の食べ終わって持ち帰ってきたお弁当箱がないのです。
とても探したのですが無くて、息子に謝って前に使っていた少し小さめのお弁当を持たせました。
それでも気になって探していたのですが、食器棚にもなく、いつも片付けておくお弁当箱をしまう箱の中にもないのです。

もう諦めかけ、自分の昼ご飯を何にしようか冷蔵庫を開いた時です。
息子のお弁当箱があるのです。
蓋をあけると空っぽで綺麗になっているお弁当箱。
洗った後、拭いて私は冷蔵庫に入れてしまったのでしょうか。

全く自分の記憶にはありません。
こんな自分にため息が出るとともに、また忘れないようにとすぐにお弁当箱入れにしまいました。
こんな毎日の連続な私はそのうち、叔母の様に忘れたことも忘れてしまうのかも知れないと思うと、むしろそちらの方が自分が傷つかずに済むのではないのか…と思ってしまいました。

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